旅と模型

Gaso Line's "Travel & Build" weblog

千頭・井川・大井川の旅 Part2

 

承前。静岡線屈指の湯治場、寸又峡温泉。その名を戴いたDD20形4号機 “すまた” は、スロフ300形の客車を引き連れ千頭駅を離れる。物凄い音だ! 鉄路をひっかき、左右に車体を揺らしながら、ごりごりと川上に登っていく。

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なにしろ車体が小さく、線路周辺の空間もないため、木の枝が窓から入ってくるような距離で過ぎていく。谷間の崖をけずって通した線路では、岩肌が目の前にある。ディズニーランドのアトラクション鉄道みたいだけど、こちらはホンモノなので身を乗り出すと命があぶない。

観光客だらけの列車の中で、ふと窓の上を見ると“思いやり席”なんて書いてある。この路線も、昔は集落の生活路線だったんだろうか。昔から住民はバスで静岡まで降りてたって聞いたけど……。

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井川線は途中のアプトいちしろ駅-長島ダム駅区間で、補助機関車ED90形を接続する。

レールのきしみの音に負けないぐらい音の割れたスピーカーで、車掌さんが説明してくれる。この区間は大井川の新しい治水ダム、長島ダムの造成によって、線路の一部が水没することになった。そのため1990年に新しく急勾配区間向けのアプト機構を採用して、線路を引き直したのだそうだ。

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アプト式では列車が滑り落ちないよう、レールの真ん中につくられた3本目のラックレールに、ED90の歯車を噛ませて進む。DD90は車幅は狭いのに高さは普通の機関車と同じだから、巨大さがひきたつ。大きなパンタグラフを備えたその姿は、なんとなくアルプスのヤギを思わせる。

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DD20と連結した姿は、まさに巨人!

ダム湖の湖水や大井川の谷沢を眼下に見下ろしながら、高い鉄橋を超えて列車は進んでいく。

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静岡県の奥地は明治時代から大倉財閥(ホテルオークラとかの母体だったそうだ)が保有する山で、切った丸太を大井川で下流の街に流し、林業や製紙でさかえてきた。だから今でも、こんな奥地まで植林された杉林になってる。昭和の中ごろまでは、やれ山を売ってひと財産だの、ご当主が山に登るんで道を拓いて御輿でかついで行っただのという話が、冗談半分に残っていた。

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いま残っているのは、春に吹き荒れる花粉症だけだ。もはや切られなくなった杉は、次第に寿命を終えて、元の雑木林の植生に戻っていくんだろう。

そしてダム! 眼下に見える長島ダムは “しぶき橋”。その名の通り、放水時は水がかかりまくる。

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井川ダムが見えてくれば、もう終点。

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井川駅から列車をでると、森のにおいがむっと鼻に来る。湿った、木の腐ったにおいだ。子供の頃はよく嗅いでいたにおい。

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DD20形、後尾車輛は片目のテールランプがチャーミング。

さて、井川駅周辺は、ほんとうにダムしかない。ダム観光もいいんだけど、この折り返し列車を逃すと、次の15時台の最終列車になってしまう。そんなわけで何もせずに戻ることにした。まさに列車に乗るだけの旅!

この井川駅、改札を出ると怪しげなおばばが売店を開いてる。周りに食べるところも見当たらなかったので(いや、道に降りればすぐに蕎麦を出す店などもあったんだが)、ここで売っていた “しいたけ弁当” を食べることにした。

この弁当、注文したら「あるよー」と言って、おばばが公衆電話でどこぞに電話をする(テレカ使ってるよ……)。どうも注文してから作るらしい。しかし折り返しの列車は15分後に出発。詐欺にあったのかとヒヤヒヤしてたら、おばばが車掌に列車の発車を待たせて、定刻ギリギリに持ってきた。この旅でいちばんスリリングな展開だった。

でも、この弁当が絶品だった。肉厚の冬菇椎茸を中心にまだ温かい野菜の煮物、揚げ物だけのシンプルなものだけど、よく味が染みていて素晴らしい。

帰りになると、2時前だというのに早くも夕立が降ってきた。ひと駅だけ “すまた” に乗って、閑蔵(かんぞう)でバスに乗り換える。やっぱりこっちのほうが早いし、乗り心地がぜんぜん違う。

千頭でまた、SLに乗る。こんどは普通のC55形、44号機だった……。

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山と川のあいだの僅かな土地を、蒸気機関車は進む。

そういえば、井川のおばばの方言は、下流の地元方言とはずいぶん違っていた。このあたりはむかしから谷が違えば言葉が違うと言われてたそうだ。更に、同じ川根のエリアでも旧庄屋系の家には妙に関西っぽい訛りが入ってたりするそうで、公家とか平家の落人といった伝説が妙にリアリティを持つ。

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 橋を渡って家山駅についたら、ここでSLを降りた。行きも帰りもSLだけというのも難だし、SLが発車する光景も、写真に収めたかったし。というわけで撮ったのが下の写真。鉄道写真はまだまだ難しいな……。

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家山の駅前は何もないながらも小奇麗に整備され、田舎風情がうまく残されてる。近くの店の古びた看板に『本とレコード』なんて書いてある。昔はそのふたつが、文化を運ぶものだったんだろうなと思う。

足湯場のあたりを歩くと、炭焼きコーヒーを出す店があって、アイスコーヒーが美味かった。

続いてくる電車、16000系に乗り替える。

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もともと近鉄の特急車だったそうで、少し色あせたふかふかのクロスシートが、これまた昭和の風情を思わせる。最後はゆったりと金谷の駅に戻って、ちょうど18時頃。1日がかりの汽車の旅は、おしまい。